「……ここか」
 凌次が歩美・唯那の二人と共に移動する。鏡弥は庭に残っていた。
「鏡弥君一人残してきてよかったの? あの爆音と警報聞いて、相当集まってくると思うけど。」
「大丈夫、基本的に規格外だから。歩美ちゃんは自分の仕事にだけ集中してよ。」
「そーだよーほら、歩美ちゃん、行くよ。」
「あ……ちょ……ちょっと!?」
 手を引かれて、歩美と唯那が先へ進む。凌次は「さて、」と呟き、息を大きく吸い込んだ。
「……?」
 歩美が振り向き、凌次のほうを見る。
 トラックが壁にぶつかったような、そんな音と共に、地面が抉れ、凌次の体が浮き上がる。
 ぽかんとする歩美の目の前で、軽々と4Mほど飛び上がった凌次はジャンプの最高点で器用に体を捻り、拳を構える。
 歩美が驚愕の声をだす。凌次が叫び、拳をガラスに叩きつける!
 派手な音をたてて、防弾ガラスと思われるその窓ガラスは木の板のように粉々に砕け散った。
「だから言ったでしょ、普通じゃないって?」
 唖然とする歩美に、唯那が走りながら言う。猫のような瞳の彼女は、心底楽しそうだった。
「……貴方たち、何者なの?」
 目的の扉を見つけ、蹴破って侵入する。
 歩美の質問に、少しだけ間を置いて。唯那が、その口を開いた。
「……私達はヒューマノイド。『人間のようなもの』。」

 Scrap Blend
  一杯目 いらっしゃいませ
-Welcome to the Cafe SCRAP-

- a c t 2 -

「何だお前。政府のモンか?」
 ガラの悪い男が、入り口に立っている鏡弥に声をかける。
「1、2、3、4……20人か。妥当な数だな。」
 腕組みをして敵の数を数える。無視をする鏡弥に、男達は尚更いきり立つ。
「何者だと聞いてんだ。答えろ言ってるのがわかんないのか、てめぇ?」
 鏡弥に銃を向けての、先頭にいる男の言葉。
「何者……ってなぁ。」
 煙草に火をつけながら鏡弥が答えた。
「ただのコーヒー屋さ。」
「爆弾なぞ使いやがってどこの危ないコーヒー店だ!ぶっ殺せ!」
 律儀なツッコミの声を皮切りに、鏡弥に向かって銃弾が飛来する。
 紫煙を吐く、鏡弥の姿。そして、銃弾のその全てが、その姿に触れる前に静止した。
「なっ――!?」
 驚きの声を上げる先頭の男。紫煙を吐き出し、鏡弥が不敵に笑う。
「先に仕掛けたのはそっちだからな。これは正当防衛だ。」
 その言葉が終わるより前に、静止していた銃弾が男たちへと飛来した。

φ

「私達は……ヒューマノイド。」
「え?」
「お前らか、侵入者は」
 歩美が問い返した所で、目の前にナイフを持った、棺桶のような、箪笥のような、そんな大きさの男が現れた。
「……でかっ」
「ボスがお怒りだ。ここで殺す。」
 唯那の呟きを無視して、大男がナイフを突きつけて言う。
「……歩美ちゃん、下がって。」
「え!?ちょっ――」
 その間に男はナイフを振り下ろしてくる。
「わっ!?」
「凌次も、鏡弥も普通じゃない。人間じゃない。」
 唯那が歩美を押し、飛び上がる。見事なバック宙をしながら、彼女は男の上へと移動した。
「で……私もこんな具合に普通じゃない」
 そう言う唯那は、大男の真上……空中に佇んでいた。
「なっ――!?」
 男の声。その声は唯那に聞こえたのだろうか。次の瞬間には、唯那は宙を「蹴りだして」いた。
 言葉を失う歩美。その視線の先には、糸に絡められた男の姿と、その糸の両端を持ち、縛り上げている唯那の姿があった。
「こ……の――っ」
 太いワイヤーを、男が引っ張ろうとする。が――
「っ――くっ?」
「キミには切れないよ、この線は。」
 唯那はしかし、その華奢な腕でワイヤーを支えながら平然と言葉を紡いでいた。男の、そして歩美の顔が驚愕の色に染まる。
「で、このグローブは……鏡弥特性のスタングローブ。スイッチを押すと……」
「……ガッ!?」
 唯那の言葉の途中で、男が声を上げ、前身を引きつらせる。
「熊も卒倒、1万ボルトの電流が流れる」
 その言葉を終えると同時に、唯那は糸を引き戻す。重い音をたてて、男はその場に倒れ伏した。
「……私たちはね、今見せたみたいに普通じゃないの。」
 唯那が、唖然としている歩美へと言葉を投げる。
「私たちは、生物としての理から、外れてしまった存在。人と、人以外の何かとの、合成物。」
「合成……物?」
 歩美がようやく口を開く。
「そう。私はクモと人間の合成物。体内で『糸』を作って放出できるの。
 ちなみに糸の性質もいじれるよ。今のは、伝導性の糸を結わえたやつ」
「じゃ、じゃあ、凌次君と鏡弥君も?」
「とりあえず、詳しい話は走りながらでも。」
 頷き、動き出した歩美に歩調を合わせながら、唯那が言った。
「鏡弥はね――」

φ

 空を切る音と共に、石畳の上を影が駆る。
「ちっ……ちょこまかと!」
 その呟きは誰のものか。とにかく、避けながらの鏡弥の狙撃に、二十人居たチンピラたちはその半数が倒れ伏していた。
「スプライト――」
 鏡弥が投げた手榴弾は、綺麗な放物線を描き、敵の中央に着弾し――
「のあぁ!?」
 衝撃に反応して炸裂し、爆音と共に四方八方に鉄製の球を撒き散らす。
 のけぞった男たちに向けて鏡弥が掌をかざし、
「――スパーク!」
 散らばった鉄球を解して、男たちの間に電流が迸る!
「……過剰防衛か?」
 庭にはもう、鏡弥の呟きを聞いている者は居なかった。

φ

「鏡弥は、『電子』との合成物。」
「……電子? 高校の物理でやったあれ?」
 突き当りを右に左に、途中でからんで来たチンピラを糸で壁に貼り付けて。
 二人は、着々と目的の部屋へと進んでいた。
「うん、その電子。あいつは、『電子』と意思の疎通ができる。
 電流は電子の流れだし、磁力は電気によって発生するもの。だから、大雑把に言うと鏡弥は電気と磁力を扱うことが出来る。」
「意思の疎通……」
「人は人語で喋ってるし、猫だって猫語で喋ってるでしょ。そんなもんよ」
「意外にファンシーな頭してるのね唯那ちゃん」
「……え、何が!?」
 単純に天然なだけです。

φ

「なっ……何だてめぇ!? どこからきやがった!?」
 騒音と共に突如現れた凌次を見て、部屋に居た男が言う。
「どこって……窓から」
「それ特殊防弾ガラスだぞ!? なんで砕けてんだよってかここ2階だぞ!?」
 割れたガラスの破片を見ながら、男が叫ぶ。どこ吹く風といった様子の凌次をみて少しだけ冷静になったのか、男は銃を取り出して凌次へと向けた。
「……何をしに来た。政府の回し者か?」
 男の言葉の間に、ガラスの割れた音を聞きつけた護衛が部屋へと流れ込んでくる。

 その数、10名。

 L字型に包囲された中で、凌次は準備体操とばかりに腕の筋を伸ばしながら、言う。そして――
「……俺らは、危ないコーヒー屋」
 声だけを残して、最も手近なチンピラを二人、薙ぎ倒す。
「――スクラップブレンド、お持ちしました」
「なっ……!? 撃ち殺せっ!」
 声が、部屋に響いた。それと合図に、後に居た部下らしき連中が銃を構える。
 部屋に銃声が響く――しかし、男達の視界の中に凌次の姿はない。
「――え?」
 誰かの呟きが聞こえる。次の瞬間には、何かを蹴るような音が天井から聞こえてきた。
 誰かの驚愕の声を、向かい風と共に受け、凌次の姿が宙を舞う!

 がごきん。

『…………………』
 少しの沈黙。
 敢えて説明を入れると、天井の角から敵陣に向かって格好良く跳んだ凌次は、軌道上の机の上にあった花瓶でスネを打ち、バランスを崩してそのまま頭から地面に激突したのだった
「あいたた……」
「てれれれってれーん」
 スネをさすりながら起き上がった凌次の頭に、男達の銃口があてられた。
「何が目的だ?」
 リーダー格の男が凌次に問う。凌次は顔を上げると、唇を歪めて、言った。
「解体。」
 言葉と共に、腰のシザーケースから出した手榴弾を地面に投げつける。
「なっ―――」
 炸裂音と共に、閃光が迸る。一旦間合いを取って、凌次はまた地を蹴る。跳躍と共に、次々と交錯した相手の鳩尾に拳を叩き込む!
 まとめ役らしき男の短い悲鳴。雑魚を蹴散らした凌次の右手は、最後に男の顔の右側をかすめて背後の壁にヒビを入れた。
「さて、死にたくなかったら、降参してくれないかな?」
「っ……てめぇ! 副組長代理補佐の俺様にこんなことして――」

 ごがん。

 今度は左側の壁を殴りつける。今度はヒビではなく、壁の一部が砕けた。
「降伏、して、くれない、かな?」
「……はひ……」
 冷や汗が男の頬を伝う。左の拳をひき、爽やかな笑みと共に左手を男に向ける。
「でさ。『サイドワインダー』って、どこにあるの?」

 φ

「さて、と」
 呟き、煙草に火をつけて屋敷へと歩を進め――
「……出てこい」
 不意に足を止め、近くの木へと銃を向け、言う。声にこたえるように、ガサガサと枝が揺れ始めて、

 ぼて。

 一匹の犬が落ちてきた。
「……は?」
 木に登る、犬?
「いっててて……」
 木に登って、喋る、犬?
「俺を発見するとは大した奴だ名を聞いてやろう!」
「……いや、お前が何だよ」
 沈黙が、空間を包み込む。
「ぬぅ……ノリの悪い奴だな」
「お前のテンションが高いだ――」
「俺の名前はカーシー見ての通り犬だ文字通りの番犬だ!
 さぁ名乗ったぞ 次はお前が名乗れ!」
 木に登って、喋って、無駄に威勢がいい犬。
「……俺の名前は上白沢――」
「まぁ名前などどうでもいいお前はここで死ぬんだからな!」
「てめぇこら人の話聞けぇえ!」

 木に登って、喋って、無駄に威勢がよくて、人の話を聞かない犬。
 名前はカーシーと言うらしい。どうでもいいが。

 ……などと考えているうちに、再び犬の姿が消える。四方の木がガサガサと揺れている。
「あいつはまさか……合成犬か?」
 呟いて、神経を研ぎ澄ます。

 視覚、姿は捉えられない。
 聴覚、風と葉が摺れる音以外、聞こえるのは屋敷の中の騒音のみ。
 嗅覚、新緑の匂い、硝煙の匂い、血の匂い。
 触覚、風の感触。
 味覚――

「ヒャハッ」
「――っ!?」
 間一髪、死角からの攻撃を銃で防御する。再び、犬の――カーシーの姿が掻き消える。
「なんだ、今のは……?」
 呟き、銃を構え、気づく。

 銃の先端から半分が、無くなっていた。

「こりゃあ……食らいたくはねーな……」
「あれを避けるとはたいしたものだお前すごいなすごいよ!」
 カーシーの声が響く。自分の後ろの木の上に、犬は二本足で立っていた。
「俺は蟷螂との合成犬! 」
 瞬時に飛び出し、襲ってきた犬――カーシーを回避する
「大したもんだ!今のを避けると――」
 ばきゅん。
「ほわぁっ!?あ……あぶねーだろそんなもん撃ったら!」
「やかましい」
 ばきゅん、ばきゅん、ばきゅん。
「のわっ、ほわっ、ひゃぅっ」
 立て続けに撃った弾丸も紙一重で避けられる。それにしてもやかましい犬だ。
「このっ……」
 カーシーの声色が変わる。しっかりと地面を踏みしめた彼は、一気に足に力を入れた。
 風を切る音と、金属音が聞こえた。
「ウィンド・エッジ」
 呟きの刹那、カーシーの姿が掻き消える。同時に、鏡弥の銃が細切れになって地面に落ちた。
「どう――」
 銃が、細切れになった。鏡弥は――
「――だ!?」
 ――鏡弥は、カーシーの首根っこを掴んで持ち上げていた。
「……へぁっ!?」
「お前メスだったのか、オスだと思ってたぜ」
「ちょっ……そんなことはどうでもいいだろう!? 何で今のを……!?」
 ジタバタするも、蟷螂の能力も駿足の能力も手足が使えねば意味を成さない。
「確かに、普通の人間じゃあれは避けられない。」
 ワイヤーでカーシーを縛りながら、鏡弥が言葉を紡ぐ。
「俺はまぁ、特殊なレーダーを持ってるもんで。」
「お前……何者だ?」
「……人間のようなもの、だよ。」
 言葉を残して、鏡弥は駆け出した。

 φ

「鏡弥君のはわかったけど、凌次君は?」
「凌次はね、少し特殊なんだ。」
 走りながら、歩美と唯那の話は続く。目的の研究施設までもう少し。
「特殊?」
「『合成』には、ある制約があるの。それは、ベースとなる物の形を一定以上変化させることは出来ないという制約。」
「……要するに?」
 考えるのが面倒になったらしい。
「人間をベースにした場合、人間の形から大きく外れることはないってこと。
 私も鏡弥も、能力を使うときも人間のままでしょ。」
「ああ、なるほど。
 ……あれ、でも、凌次君もそうなんじゃないの?」
「…………あいつは、違うんだ。」
 少しだけ寂しそうに、唯那が言う。
「あいつは、人間ベースじゃないんだ。」
 歩美がその言葉の意味を問い返す前に、目的の扉が見えてきた。




モドル