「『サイドワインダー』……?」
「……とぼけてるなら本当に砕くけど?」
「ひあああごめんなさいでも本当に知らないんですっ!」
 情けなくも泣きながら喚く副組長代理とやらを見て、凌次がため息をつく。
「大きなガトリング銃をここで作ってるって聞いてきたんだけど?」
 カマかけなど一切ないのは、自分の有利を確信しているから。 
 男は涙と汗を流しながら凌次の左手をちらりと見てから、
「そ、それなら……地下の研究室で――」
「――……!?」
 男が全て言い終わる前に、凌次の瞳が見開かれる。

 刹那。男の言葉を遮り、掻き消すほどの轟音が、部屋を埋め尽くした。

 Scrap Blend
  一杯目 いらっしゃいませ
-Welcome to the Cafe SCRAP-

- a c t 3 -


「……どこだ、ここ」
 走れど走れど同じ部屋が並ぶ。これだから金持ちの家は……!
 壁を爆発させれば早いのだが、爆薬にも限りがあるためそれも出来ない。
「居たぞ!あいつだ!」
「ちっ…またか」
 残りのトラップは……などと考えている間に、銃弾が通路を飛び交う。
「……めんどくせぇ、こいつでいくか」
 弾丸を磁場で止めつつ、先端に重りのついたワイヤーの束を取り出す。
「この狭いところで銃なんか使ってんじゃねーよ――」
 呟き、重りをまとめて男たちへと放る。重りは壁や床で軽く跳ね、男たちへと絡まり――
「――ラインスパーク。」
『――――っぁ゛!?』
 迸った電流に、男たちが地に伏せる。
「ったく……そこでそのままノビてろ」
 言い放った所で、聞きなれた声が聞こえてきた。

 φ

 屋敷1階、最奥の研究室。そこは怒号に包まれていた。
「ああもうウザいっ!」
 唯那が叫ぶ。とりあえず半数はノしているが、それでも数が多い。
「見える範囲にサイドワインダーは見当たらないわ! ダミーだったみたいね……っとにもうっ!」
 苛立ちの声と共に、歩美が踵を敵の顎に決める。と――
「つっかまーえた♪」
「っ……!?」
 背後から、男が唯那を羽交い絞めにする。体勢が悪いので反撃すらできないまま、脚まで絡めとられてしまった。
「ちょっ…離しなさいよ変態!」
「唯那ちゃん……っ!?」
 一瞬気をとられた歩美も、男二人に捕まってしまった
「さーて、どうしてくれようか」
 いやらしい目を二人に向ける、まとめ役のような男
「っ……!」
 男の手が唯那の顎に伸びる。クイと上を向かせられ、そのまま男の――

 上の天井が爆発した。

『どええぇ!?』
 成すすべなく下敷きになっていく男たち。開放された唯那は歩美を襲う破片を砕いて救助する。
「な、何……?」
 歩美がつぶやく。微笑み、崩れた天井を見上げ、唯那が言った。
「助けがきたよ。」
「唯那、ついでに盗賊、生きてるかー?」
「ちょっ……ついでって何よついでって!」
 聞こえてきたのは、鏡弥の声。飛び降りて、瓦礫とその下の男たちを踏みつける。
「一応、片付きはしたな。」
「死に掛けたけどね。」
 間髪入れず、笑顔で唯那が言う。目が笑ってないのは気のせいだろうか。
「……避けろよーって言ったろ?」
「聞こえると思う?」
 やはり笑顔で唯那が言う。目が笑ってないのは気のせいだと信じたい。
「……いやお前ならイケるかと……。」
「本気で死ぬかと思ったよ?」
 どこまでも笑顔で唯那が言う。目が笑ってないのは気のせいだと信じさせてほしい。
「……ごめんなさい」
 気圧され、謝った鏡弥の背後で男たちが立ち上がる。
「てめぇ……何だ一体?」
「『何だ』って言われても……」
 気を取り直して振り返り、タバコに火をつける。
「コーヒー屋だよ。」
 同時に、鏡弥が地を蹴った。

 φ

 その部屋に、動くものは居なかった。
 その動くものの居ない部屋に、一人の男が足を踏み入れる。
 スーツを着た、いかにもインテリといった感じの男。しかし他のチンピラと違い、明らかに漂う大物のオーラ。
 隣の部屋から吹き飛んできた壁の破片が、足の下でパキパキと音を立てた。
「……まったく、面倒をかけさせおってからに」
 呟き、足元に転がっていた肉塊――それまでは副支部長の補佐をする班の一員だった男の死体を蹴飛ばす。
「さて、下の階にも侵入者が居るのか。役立たずと共に排除して――」
「ごめん、それ俺の仲間なんだ。」
「――!」
 突如聞こえた声に、男が振り向く。
 先刻の壁を突き破っての銃撃など無かったかのように、凌次が窓枠に座っていた。
「どうも。解体屋です。スクラップブレンドをお持ちいたしました。」
 その姿を見て、男が目を細める。
「……お前か、さっきから暴れてるのは」
「あんたが、ここの頭か?」
「端的に訊こう。目的は何だ」
 質問とスルーの押収の後、左手で銃を構えながら男は質問してきた。
「さっきの銃撃、その銃でやったわけじゃないでしょ?
 見た感じ50センチはあるようなコンクリの壁を突き破るならもっと大きな銃が必要なはず。」
 再び男の質問を無視し、凌次が紫煙と言葉を吐く。
「たとえば……でっかいガトリング銃とか。」
 一瞬沈黙したあと、リーダーは思いついたように顔を上げた。
「……なるほど。こいつが目的か。」
 言いながら、右腕を横に伸ばす。そして――

 リーダー格の男の右腕が、変化を始めた。

 筋肉が膨張し、皮膚が裂ける。裂けた皮膚の下に除くのは黒く光る金属。
 血が、筋が、骨が、肉が。全てが金属へと――機械へと変化していく。
 
 ――いや、そうではない

 血も、筋も、骨も、肉も。全てが『元の姿』へと戻っていく。
 掌と5本の指はそれぞれ、ガトリング銃の銃口に。
 腕は、何やら黒い金属製のパイプが捩れ合ったかのように。
 おそらく、パイプの中には、彼の細胞から作られた銃弾が入っているのだろう。

「……なるほどね。合成人間か」
 タバコを吐き捨て、凌次が呟いた。
「右腕をベースに、出力を大幅に上げた銃を合成したわけさ」
 醜悪な笑みを浮かべ、男が言う。
「威力は保障してやろう。苦しまずにこの世から消し去ってやる」

φ

「そういえば……」
 地下の敵を片付けた後。歩美が口を開いた
「唯那ちゃんがさっき言ってた凌次君のことって、」
 その言葉を遮り、鏡弥が歩美と唯那の間に割って入る。
「……おい唯那、お前そんなペラペラ喋ったのか?」
「あ……口止めするの忘れてた。」
「お前なぁ……」
「え、あ、その……マズかった?」
 何やら不穏な空気を察して、歩美がフォローに回ろうとする。
「いや、なんかもういいや……いつものことだし。」
 頭を抑えながら、歩き始めた鏡弥が言う。
 残りの二人がついてきているのを確認してから、鏡弥が口を開いた。

φ

 爆音――否、銃声が響く。鉄を仕込んでいるはずの壁は簡単に砕け、無数の穴があく。
「どうしたどうした! 威勢が悪いぞ!?」
「ちっ……!」
 辛うじて銃弾を避け、凌次が走る。避け切れなかった銃弾が凌次の右肩を掠った
 破れた袖を剥ぎ取りながら、地を蹴りリーダーの背後に回る
「それで死角をとったつもりか!?」
 男の肘から指先と同形状の銃が生え、弾を放つ。
「っ!?」
 辛うじて身をよじってそれを回避する凌次。
「もう人間辞めてらっしゃるようで!」
 勢いを利用し、右の拳を繰り出す。
「無駄だ」
 いとも簡単に、その右腕は男に避けられる。銃口が凌次のこめかみにあてられ――
「――……!」
「――!?」
 凌次の声なき叫びと共に、引き金を引いた瞬間、その銃口はあらぬ方向を向いていた。
「何……だ!?」
「悪いけど、俺も普通じゃないんでね」
 そう言った凌次の右腕は、異形へと変化を遂げていた。

 φ

「凌次は、人間ベースじゃないってのは聞いたのか?」
「うん。」
 戦闘の音が聞こえるのは、もう2階のみとなった。話しながら、音のほうへと駆けていく。
「それでもあいつは、人間の形をしている。制約を踏まえた上で、だ。」
「……どういうこと?」
「……まぁ、実物を見たほうが早いかもな」
 程なくして辿り着いた、瓦礫の山となった部屋の中央には、二つの異形が佇んでいた。

 φ

 その『異形』を見て、リーダーの表情が変わる。
「何……だ!?」
「……化け物だよ」
 一瞬できたスキを見逃さず、凌次の右腕が空を切る。
「――…っ!?」
 衝撃で悲鳴すら上げられぬまま、リーダーはガードした左腕を折られながら吹き飛ぶ。
 破れたシャツから伸びる凌次の右腕は、異形と化していた。
 爪は長く鋭く伸び、腕を、指先を。土色の『何か』が鎧のように覆っている。
 まるで西洋甲冑のようなその腕には、真紅の複雑な模様が刻まれていた。
「何、あれ…?」
 歩美が呆然としたまま呟く。
「あれが凌次の能力だよ。ベースは――」
 淡々と、鏡弥が言葉を続ける。

「『悪魔』だ。」

「……え?」 
「合成人間が居るくらいなんだ。黒魔術で召喚されるという悪魔が存在しても、おかしくはないだろ?」
「そう……かな」
 会話の間に、リーダーが瓦礫を押しのけて起き上がる。
 驚愕の表情のまま、変異した右腕を構えることすら忘れて凌次を見る。
「悪魔ってのも色々いるらしいが、あいつのベースになってる悪魔は、所によっては戦神ともされるような奴らしい。人間らしい理性なんてものは存在せず、ただただ動くものを敵と見なし、殲滅する。
 要するにあいつは、理性のない悪魔に理性を合成したようなもんなんだ。」
 見慣れているのか、別の理由か。唯那も何も言わなかった。
「え、でも、仮に本当に悪魔がベースだとして――」
「姿が人間なのは、悪魔が擬態するからだよ。戦の時には真の姿になるんだそうだ。」

 不意にリーダーが右腕を凌次へと向け、弾丸を放つ。
 数十発の弾丸はしかし、すべてその右腕で弾かれ、壁を穿つ。

「変異――というか、解放された部分は攻撃、防御、速さ、全てにおいて人間を超越する。」
 歩美は、ただ呆然と二つの異形を見つめている。
「まぁ、あの外見だ。初めて見た奴は大抵、お前みたいな顔をする」
 そう言う鏡弥の目に映る歩美の表情が形作るのは、紛れも無い『恐怖』だった。
「っ……の化け物がぁぁっ!」
 叫び、リーダーが凌次へと銃弾を放つ。
 その弾丸は今度は、凌次に弾かれることはなかった。

 リーダーの右側から凌次が出現する。

「化け物は、お互い様でしょ?」
 風を切る音すら無く。
 リーダーの放った全ての銃弾が、部屋の壁を穿つよりも速く――
「……――!?」
「ミッション――」
 ――凌次の右腕が振り上げられる。
「――コンプリート」
 リーダーの右腕――『サイドワインダー』が、その肩から宙を舞った。



モドル