リーダーの悲鳴が、響き渡る。
 宙を舞った『サイドワインダー』を、凌次の左手がキャッチした。
 『異形』はいつの間にか、元の凌次の細く白い腕に戻っていた。
 左手の『サイドワインダー』を一瞥し、最初に壊れた壁の辺りに居た鏡弥たちへと向き直る。
「…………」
歩美は、俯いたまま相変わらず動かない。
「……歩美ちゃん」
 長い髪に隠れて表情がわからない。そして、鏡弥も唯那も何も言わない。
 相変わらず、沈黙を続ける歩美。ため息をつき、凌次が言葉を続けた。
「市野原さんに連絡を取ってくれないかな?解体完了だって」
 そして、歩美が顔をあげた



 Scrap Blend
  一杯目 いらっしゃいませ
-Welcome to the Cafe SCRAP-



- A c t 4 -



「――…気に入ったわ!」

『……はい?』
 一同の声が見事にハモる
「その度胸! 技量! 素早さ! 何より不思議な力! 気に入った!
 どう!?私と一緒に盗賊やらない!?」
 凌次の手をとり、目を輝かせて言う歩美を見て、噴出したのは鏡弥だった
「無理!無理!凌次に細かい作業は無理だ絶対!」
「不器用だから解体屋やってんのよ、特に凌次」
「……二人とも、その言い草はひどくない?」
 楽しそうに笑う、鏡弥と唯那を半眼で睨みつつ、凌次が言う。
「じゃあ……仲介屋やらせて?」
『……はい?』
 再び、3人の声がハモる
「盗賊家業の情報網を生かして、そういう仕事もやってるの! どう? 一緒に――」
「ストップ」
 突如、歩美の台詞を、鏡弥が止めた。
「何よ――」
「逃げるぞ、サイレンが聞こえる」
 その言葉からほどなくして。
 『ハニーハント』支部は、包囲されると同時に崩壊を始めた。

 φ

「っっどえええぇぇ!?」
「……暴れすぎたな」
「冷静に言ってる場合じゃないでしょ!!」
凌次が叫び、鏡弥が言い、唯那がツッコむ。言い合いしながら必死に逃げる一行。
「そういえば、1階の研究室がダミーだったんだけど! 凌次君何か聞いてない!?」
 走りながら歩美が叫ぶ。
「あ、そうだ! 地下に研究所があるとか言ってたよ!」
「量産を防ぐことが目的なら、研究所ごと破壊しなきゃじゃないの!?」
 凌次と唯那が叫ぶような声で言い合ってる間にも、脆くなっていたリーダーの部屋の方から徐々に屋敷が崩れていく。
 口を挟んだのは、鏡弥だった。
「お前ら! ちょっと来い!」

φ

「離れてください!危険です!離れてください!」
 野次馬と報道陣を押し、警官が叫ぶ。
 崩れ始めた『ハニーハント』支部の周囲は、騒然としていた。
「どうしますか!?」
「突入もできんだろうが!どうしようも――」
『うおおおおおおおお!』
 警官たちの会話を遮り、叫び声が近づいてくる
「……何だ?」
「どいてどいてどいてどいて!!」
「爆弾だー! 爆発するぞー!」
 顔に布を巻き、顔を隠した男が二人、叫びながら大きな箱を持ってきたところだった。
「な……!?」
「何か突然乗り込んできた奴らがこれを仕掛けて逃げたんです!
 とにかく皆離れて! これと同じのがさっきから爆発していってるんです!」
『何いいぃぃ!?』
 ずざざ、と一気に退く野次馬たち
「って……どうしようこれ!?」
「バカ!俺が知るか!」
 二人が言い争う中、野次馬の中から声が聞こえた。
「屋根の上に誰か居るぞ!」
 その声に、野次馬と警官たちの視線が屋根の上へと集まる。
 そこには、覆面を被った二人の人影があった。
 左側の人影が、何かスイッチのようなものを取り出し、いじる。
「……おい、あれって起爆スイッチって奴じゃないか?」
 そう言ったのは誰だったか。

 ずざざざざっ!

 一斉に、マフラーの二人から野次馬が遠ざかる。
 屋根の上の人影は、気づけば居なくなっていた。
 箱が光を放ち――閃光と煙が、周囲を包む。
 
 直後、『ハニーハント』支部は地盤から完全に崩壊した。

 φ

「ふぅ…何とか逃げ切ったね」
「すっげぇ無理矢理だったけどな」
「即興にしてはよかったんじゃない?」
 言うまでも無く、マフラー組と覆面組は、スクラップブレンドの一行だった。
 屋根の上にいたのが唯那と歩美。覆面を被り、体を布で隠せば女だとバレることも無い。
 ちなみに、屋根の上の人影に気づいた野次馬役は市野原だったりする。
 今は、店へと向かう帰り道。一芝居うったせいで、歩美もバイクは置いてスクラップブレンドの車に同乗している。
「そういえば、いつもあんなに派手に暴れてるの?」
「そうだなぁ。大体あんな感じ」
 運転しながら、歩美の質問に凌次が答える。
「あー。私たち、国籍ないのよ」
 唯那がさらりと言い放ち、言葉を続ける。
「私たちは皆、3年前に飛行機事故で死んだことになってるの」
「…………へ?」
 突然の告白に、目が点になる歩美。
「その飛行機事故の被害者は120名。ヘキサエアライン1206便は隣国に向けて離陸後、1時間ほど経って突然の制御不能に陥り、隊兵洋に墜落した」
 追撃をかけたのは鏡弥。
「まさか……機体からは死体が一つも発見されなかったっていう、あの怪奇事件?」
「ああ。表向きは全員沈んだ、ってことになってるみたいだな」
「……俺たちはね、人間と機械の合成物、そして人間と動物の合成物の実験台にされたんだ。」
 最後に言葉をつむいだのは、凌次。
「ヘキサエアラインの親会社、『ポリヘキサゴン』にね。」
「え……!? ちょっ、ちょっとまって!?」
 その言葉に、歩美が反応する。
「ポリヘキサゴンって…この国が誇る世界一の企業じゃないの!?」
「ああ。世界一だ、表でも裏でもな。『ハニーハント』以上の影響力を持ってる。
 それゆえに、あんなことが出来たんだ。」
「被験者は120人、その内生き残ったのはたったの30人。
 ……でも、表の世界に出たのは私たちを入れてたったの8人。」
「――俺達をこんな体にした奴らを解体するのが、俺達の目標なんだ。」

 φ

「改めまして……ご協力どうもです」
 少しだけ重い空気の中、店に帰ってきたあと。
 依頼主の市野原を含めた全員が、カウンターに集まっていた。
 凌次が、奪取した『サイドワインダー』を差し出し、事情を説明する。
「ふむ……ということは、『合成人間』の研究をしていたのか、あの支部で。」
「そのようです。」
「わかった、あとは我々で何とかしよう。」
「お願いします。」
 淡々と、凌次と市野原が商談を行う中、唯那がコーヒーを運んできた。
「……ああ、そうそう。ちょっと派手過ぎた気がするぞあれは」
 市野原がニヤリと笑う。得意げに笑いながら、凌次が言い返した。
「大丈夫ですよ、警察には見つかってませんから」
「……ん。何を言ってる」「……え。何言ってんの?」
 市野原と歩美の声が被る。きょとんとした表情の凌次に向かって、市野原が言った。
「私は警察の者だぞ」
『ええええええええ!?』
 本日三度目、三人の声が見事にハモる
「何だ、言わなかったか?『見てのとおりの職業』だと」
「いや……そう言ったからてっきり……」
 ――なんとなく、先を続けることは出来なかった

φ

 何処かの国の、何処かの街の、何処かの路地に、一軒の喫茶店がある
 『SCRAP』 解体という名のその店は、客が多くも少なくも無いような……そう、よくある喫茶店
 もしその店を見つけたら。あのコーヒーを注文しよう
 ――『スクラップ・ブレンド』を




モドル