――夢を見た。
――どこか違う世界で、知らない人と戦う夢。
――夢の終わりには必ず死が待っているのに、何故かやたら楽しい夢。
――熱気も痛みも、匂いも風も。その夢はやたらにリアルで。
――夢が、現実になる気がしたんだ。
Refrain-ルフラン-
=Prologue =
10年前の、夢を見た。
あの日は確か、そう、今日みたいな真夏日のこと。
φ
「君たちは既に包囲されている!大人しく――」
「やかましいっ!」
「うわーっ!」
炸裂音と共に警官が悲鳴をあげて倒れる。犯人の下っ端たちは嘲笑をあげ、倒れた警官を足蹴にする。
「はっはーっ! どうした、早く金を集めろ!」
銃を手にした犯人が高らかな声で笑った、その時!
「そこまでだ!」
「なにっ!?」
物凄くテンポのいい反応をした犯人の振り返った先には――
「金に目が眩んだ悪人め! この私が成敗してくれるっ!」
全身タイツの変…ヒーローが仁王立ちしていた。
「きっ…貴様はマスクライダー!? ええいっ、てめーら、始末しろ!」
親分の指示で、雄叫びをあげながら下っ端がヒーローに向かって走り出す。
「とうっ!」
仁王立ちからバンザイジャンプしつつ、ヒーローが叫ぶ。多勢をものともせず、ヒーローはあっという間に迫り来る敵をなぎたおしていく。
「いいぞー! マスクライダー!」
「負けるなー! いけー!」
辺りには、ヒーローの気合いの声、セミの声、子供たちの声。
大型デパート『セレナーデ』の屋上ヒーローショー。真夏で気温は軽く30度を超えているというのに、焼けるような日差しの中、ヒーローは全身タイツで暴れまわっている。
そんな中に、俺も立っていた。
「がんばれー! マスクライダー!」
「ねぇ、こうはー」
「いけー! やれー!」
何が面白かったのか今となってはよくわからないが、とにかく熱中して叫んでいた所に、幼馴染の扇璃(センリ)が声を掛けてきた。とりあえず無視。
「ねぇってばー」
「マスクライダー!」
「こうはーっ!!」
「っんだよ!?」
「はぁっ!」
言い返したところで、裂ぱくの気合と共に最後の下っ端が蹴倒される。
「いつかえるの?」
「いまいいところだから、これがわったら!」
「さぁ堪忍しろ悪人め!」
「くっ……ぐううっ! マスクライダーめ……っ! 食らえぇぇ!」
犯人役の男が銃を構える。
「食らえ必殺! とうっ!」
ヒーローが地を蹴る。
『いけー!』
子供たち(扇璃を除く)の声がハモる。
そして――
効果音ではない、本物の銃声がセレナーデに響いた。
ヒーロー役と犯人役の男の動きが止まる。ステージ上には、作業服を着た中年の男3人が立っていた。
その手には、黒い鉄の塊。
「動くなぁぁぁっ!」
再び銃声が響く。子供たちの悲鳴が渦を巻く。こんな時こそのスーパーヒーロー……
「う……っ、うわぁぁぁぁっ!?」
あ。ヒーロー逃げた。
「今すぐ社長を呼んでこい! この子供達全員が人質だぁぁっ!」
φ
平和というのは、突然壊されるから平和と呼ぶ、らしい。
大型デパート『セレナーデ』は、今や警察に包囲され、屋上は子供たちの泣き声で満ちていた。
「うるさいなガキどもは……」
「まぁそう言うな。こいつらのおかげで復讐が出来るんだから。」
子供の夢を壊したヒーローは、今では子供たちと一緒に縛られている。ヘルメットまで奪われているため、子供の夢などゴマの如くすりつぶされているだろう。
そんな中、上空を旋回しているヘリコプターから拡声器越しの声が響いてきた。
『子供たちを解放しなさい! 君たちは完全に包囲されている! もはや逃げ場は無い!
繰り返す! 君たちは包囲されている!』
「こらー!」
あの時、俺は何を考えたんだろう?
とにかく気づけば、手に持った玩具の銃を構え、ヘリからの声に負けないような大声をあげ、男たちの前に立っていた。
「そこまでだあくにんめ! わたしがこらしめてやる!」
……今考えると、思いっきりマスクライダーの影響だったな、これ。
「あァ?」
「こうは!?」
扇璃の声が聞こえる。お構いなしにマスクライダーと同じ格好を取る。
「よのなかのシツジョをみだすあくにんめ! わたしがいるかぎりおまえたちがノーノーとくらすばしょなどないとしれ!」
リーダー格の男がにらみつける、俺は間違った日本語でマスクライダーのセリフを叫びながらずんずんと男たちの下に進んでいく。
「何だぁこのガキ? おら、今なら見逃してやるから座ってろって。」
「うるさい! くらえひっさつ! とうっ!」
夢の中の――というか過去の――自分に言うのもなんだが、いらんことしてないで飛び掛ればいいのに。
勿論、1分後には押さえ込まれ、放り出されていた。
「くっそ……っ!」
「こうは、だいじょうぶ……?」
「ほら、おとなしくしてろって」
睨み付けるも所詮は小学生。大人たちは相手にはしてくれないのです。
「――あァ!? そう言ってンだろ! ――……ちっ。サツのヤロォ、話聞きゃしねぇ。」
「人質2,3人殺しゃァ来るんじゃねーの?」
電話片手に毒づく、頭にタオルを巻いた男に、ニット帽を被った男が言いながら拳銃を構える。
人質の子供達から、保護者から、悲鳴が上がる。偽マスクライダーが泣き喚く。
「とりあえず一番うるせェ正義の味方さんから――」
「待ってくれ!」
突如、屋上の入り口から声が聞こえてきた。
「君たちの要求は私だろう!」
「店長!?」
偽マスクライダーが叫ぶ。二人の男が同時に振り返った。
「おーおー、店長さん。サツが保護したかと思ってたぜ。」
「俺たちの言いたいことはわかってンだろ?」
「君たちには、すまないことをしたと思っている。しかし……」
「ゴタクはいいンだよ! テメェのせいで俺たちがどんだけ苦労したと――」
「おい、ボーズ」
3人がなんだかサスペンスドラマでありそうな会話を繰り広げているとき、人質の中の一人が俺に話しかけてきた
口調的に男かと思ったが、振り返ってみるとそこに居たのは女だった。深めに被った黒いハットから、短めの金髪がこぼれる。あまり化粧気の無い顔には、意志の強さとどこか冷たい光を湛えた青い瞳。
「はい?」
条件反射で振り向く。扇璃は男たちのやりとりに目を奪われているようだった。
「ちょっとこっちきてくれ。今この状況で縛られてないお前が必要だ。」
ちらと男たちに目をやる。
「テメェが俺たちをあんな目にあわせたんだ! 俺たちは! 俺たちは……っ」
「すまない! 本当にすまない! だが私以外の者を巻き込むのは――」
バレることは無いだろう。とりあえずそう思い、相変わらずの扇璃をおいたまま女のところへと移動した。
「なに、ねーちゃん?」
「なァ、ボーズ――」
「殺してやんねーと気がすまねェ!」
「やっ……やめてくれ!」
男たちの叫び声がエスカレートしはじめる。銃を構えたニット男に対して、人質が悲鳴を上げる。
あの時はそんな状況だった。
それでも、あの時あの人は言ったんだ。
「超能力って、信じるか?」
「…………は?」
「『やめてくれ』か……俺たちがそう言ったとき。あんたは聞いてくれなかったよなァ。」
「す……すまないっ。本当にすまないっ!」
「謝ったってどうにもなんねーンだよ!」
銃声が響く。ニット男が空に向かって撃ったようだ。
悲鳴が渦巻く中、その中の二人だけが日本海溝並みの沈黙を保っていた。
「……いや、あの。オレまだわかいけど、このタイミングでそのギャグはどうかと……」
「おら、そこに伏せろ! 思いっきり苦しめてブッ殺してやるからよォ!」
「ギャグじゃねーって、いいからいいから。その銃持ってこっちこい」
ちらりとまた男たちの方を見遣る。言われたとおりにその場に正座し、怯えた目つきで店長さんは男たちを見上げている。気づかれはしないだろう。
「いいか、よく聞けボーズ。お前にはこの状況を打破する底力がある。火事場のバカ力って奴だ。
その銃の引き金は今から本物の武器になる。人を救う、最強の武器になる。オーケー?」
「やめてくれ! 私はまだ死にたくない!」
「うるせぇ! お前のせいで俺たちは死ぬような思いを――」
その人のセリフの合間にも店長の命乞いや子供たちの悲鳴が聞こえる。
「えーっと。ひとついい?」
「どうした?」
「オレ、スイミンジュツとかかかりにくいってがっこうで――」
「うるせぇないいから信じろよ。」
「はい。」
ギロリと睨まれ条件反射で答える。思えば人生の中で、扇璃以外でここまで頭が上がらないのはこの人くらいかもしれない。
「おら、もうちょっと近くによれ。今、手ェ使えないから。」
よくわからないながらも指示に従う。いまだに男たちと店長さんは議論を続けているようだが、周囲の様子を見るとそろそろ店長さんが撃たれそうだ。
「ジッとしてろよ――」
時が止まった。気がした。
気づけばその人の唇がオレの頬に触れていた。
「ちょっ……ねーちゃん!?」
「オマジナイだ。行ってこい」
「ぃでっ」
言葉と共に俺にヘッドバッドを食らわす。ふらふらしながらも、男たちのほうに歩み寄る。
「まずは足からか? いや、まずは肩だな。目の前で血がしぶくのを見せてやろう。」
「おーい」
「やめろっ……こんなことをしても何も変わらないだろう!」
「おーいって」
「うるせぇっ! リストラだって何も変わってねーだろうが!」
「はなしをきけぇぇっ!」
「っンだよさっきからァ!?」
「こうは!?」
店長に銃を構えていた男が振り向く。扇璃の驚きの声が聞こえた。
「てめぇからぶっ殺すぞ!?」
「やってみろ!」
即答。
「あァ!?」
「ナメてんじゃねーぞクソガキがぁっ!」
「テメーから殺してやる!」
元々ボルテージの上がっていた男達が、オレの一言でキレた。
銃を持ち、正面に居た男が、俺を迷いなく蹴り飛ばす。
「……かっ!?」
痛みで思わず声が漏れたのは、男の方だった。
一瞬、周囲が騒然となる。防御した俺の銃からは、銀色の煙が上がっていた。
「うおおおお!!」
何故かはわからない。そうすれば、何かが起こると思った。
本能的に、オレは正面に居た男に向かって手に持った玩具の銃を突き出していた。
白銀の煙が、青空を切り裂いた。
「がっ!?」
「たっ……田中ぁ!?」
「なんだこのガキ!? 化け物か!?」
「うるせぇっ!」
二度、三度。オレの左手から、白銀の煙が迸る。
ほんの一瞬で、3人の男はデパートの屋上に倒れ付していた。
「なっ……なんだ!?」
「いいから! とにかく皆を助けて!」
驚く店長に叫ぶ。同時に、警察官が駆け込んできた。
大騒ぎになったデパートの屋上で、さっきの女に声をかける。
「ちょ、ちょっと! あんた一体――」
目の前に居た……セミが振り返……?
ミーンミンミンミンミンミン……
「セミ……?」
つぶやく。青い空、白い雲。焼けたアスファルトの匂い。
私立詩織学院高校の屋上に、彼は居た。
「……くあぁ」
大あくびをしたところにチャイムが響く。慌てて立ち上がると、埃を払いながら屋上を後にした。
彼は、名を刃夜鋼刃(ジンヤコウハ)という。
モドル